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由来は『古事記』太安万侶序文末にある「稽古」で、古(いにしへ)を稽(かむがへ)ること。同文の「照今」(今に照らす)とあわせ、「稽古照今」という熟語としても使用される。
西村家の古をを稽ることで今に照らすことはできないかと、過去の西村家の歴史の出来事を調べてみることにした。西村吉右衛門家の古文書は、ほとんどを京都府立資料館に寄贈してあり、調べようとしたら資料は、山ほどありますが、とりあえず身近にある資料から古を訪ねることにした。

六代西村吉右衛門貞尭の物語

時は嘉永元年3月23日(1848) ところは東山雙林寺 六代西村吉右衛門貞尭の古希の祝いの宴が開かれていた。 貞尭は、50歳で家業を養子の貞顕に譲り、隠居し60歳で岩倉にうつり、剃髪し、静齊或は静庵と号した。その頃は、大塩平八郎の乱が起きたり、天保の大飢饉があったりして
決して平穏無事な時代ではなかったが、その後の数十年は、日本が、黒船により大変化が起こった時代であった。家業は、貞尭の現役時代の働きのお陰で、順調であったと推察できる。
なぜなら貞尭は、弘化三年(1846)五月岡崎錦織の里に移住し、友と交わり春は梅林に鶯を探り、秋は紅葉と月を賞し世外に超然とし余生を送っていたのである。
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Author:kichom



「ちおん舎」という名は、「温故知新」より「知」「温」を、また「千」「智」や「音」「恩」の意味も含ませました。私たちが育まれてきた伝統をもう一度見直し、その智慧を現代の生活に活かすことと、和の文化を伝承することを志して、展示会やコンサート、茶会、茶事、茶道教室など、様々な文化活動の情報発信拠点になることをめざしていきたいと思います。


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